帰る途中、利玖は温泉同好会の部室に立ち寄った。
片手にはコードリール付きのイヤホンを持っている。スピーカーから流すよりも音が聞きやすいだろうと、茉莉花が利玖のスマートフォンにライブの映像を送る時、一緒に貸してくれた物だった。彼女は寒さに耐えかねて、さっさと部室に戻る決断をしたが、利玖は一人で野球場に残ってライブの映像を見返していたので、茉莉花と別れてからは三十分近くが過ぎていた。
『返すのは週明けでもいいわよ』
と太っ腹な事を言っていたが、部室に戻っているかもしれないと思い、一応覗いてみる事にした。
部室に入ると、農学部トリオが仲良く炬燵で顔を突き合わせてボードゲームに興じている所だった。
壁際のソファには坂城清史が腰掛けている。一時間ほど前には裸電球の下で文庫本を読んでいたが、今は漫画の週刊誌を両手で開いていた。擦り切れた極厚の週刊誌も、彼が持っていると、法の歴史を余す所なく記した学術書めいて見える。
炬燵には一人分の空席があった。
茉莉花が使った跡だろうか。
二秒で全貌を把握できる手狭な部室を見回したが、どこにも茉莉花の姿はない。
「阿智さんに会えた?」
入り口近くに座っていた篠ノ井諒太が訊いた。
「はい。……あの、こちらには戻っていないのですか?」
「うん。佐倉川さんに会うからって出て行って、それっきり」
篠ノ井諒太は心ここにあらずといった様子で答えると、鬼瓦のような顔で盤面を睨み、手でこねくり回していた賽子を「おらッ」と振った。