『わたしがこれから言う事を、おかしいと感じるかもしれませんが、どうか最後まで聞いてくださいね』
 佐倉川さくらがわ利玖りくからかかってきた電話は、その一言で始まっていた。
『史岐さん、ハって、どうやって育てたら良いと思いますか?』
「葉?」熊野史岐は頭の中で漢字に変換する。
 生物学を専攻している彼女にしては妙な言い回しだと思ったが、そういえばサボテンなどは、既に育った株の一部を切り分けて育てる事で、新たな株を殖やせるのではなかったか、と思い直す(もしも利玖が聞いていれば、サボテン科の植物の葉は非常に複雑かつ多彩な変化を遂げており、一概に言う事は出来ないが、少なくとも史岐が思い浮かべている緑色のパーツは葉ではなく肥大化した茎である、と訂正したかもしれないが、この時はもっと根本的な部分で二人の認識に齟齬があった為、取り沙汰される事はなかった)。
「僕も育てた事がないからわからないよ。園芸雑誌とか見てみたら?」
『そんなにメジャなんですか?』
「いや、どっちかっていうと、マイナな気がするけど」
『ふうん、そうなんだ……』利玖は重々しいため息をつく。『これ、育てたら何になるのかな……』
「新しいサボテンじゃないの」
『え、サボテン? どうして?』
「いや、それは、例えばの話だけど」
 ここでようやく史岐は、自分達のキャッチボールが、もしかして一ストロークも成立していないのではないか、と疑った。
「多肉植物じゃないの? 落ちた葉から根が生えて、新しい株になる種類がなかったっけ」
『…………』
「利玖ちゃん?」
『あ、はい』
 利玖は返事をして、また少し沈黙する。
『あの……』やがて、申し訳なさそうな声で言った。
『すみません。説明が足りていませんでした。草かんむりじゃないんです』

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